主観的な文章は、信用されない。客観的な文章は信用される。

Hello, I’m taiki.

信用される文章とそうでない文章、

その違いは、何なのかという

主観的であるか、客観的であるか

ということです。

主観的というのは、その著者の思想や価値観を前面に押し出した文章です。

私は○○だと思う。とかそういう文章。

客観的とは、エビデンスがあったり、

誰が見てもそう思うだろうという常識のことです。

人間は必ず死ぬ

私は人間です。

それゆえに、私は死にます。

とかそういう文章です。

こういう文章は、疑いようもないので、

府に落ちて理解することができます。

で、人から信用される文章というのは、

主観的な文章ではなく、客観的な文章の方です。

主観を入れずに、客観的な事実を連ねて文章を書いていくことを

ロジカルライティングといいます。

ロジカルな文章というのは、人を納得させることができます。

相手に信用してもらうこともできます。

ただ、僕は主観的な文章が悪くて、客観的な文章が良いということを

いっているわけではありません。

むしろ両方が大切です。

凄腕の文筆家は、主観的な文章と客観的な文章の両方を

使いこなして、巧みな文章を作り出します。

主観的な文章の特徴は、自分の色が出ることです。

あなたのキャラクターが表に出ます。

これが文章に面白さを生み出したり、共感を生み出します。

私は、人生を楽しく生きるコツは、自分の知恵や体験を積み重ねていくことだと思います。何かものを買ってもその瞬間は嬉しいかもしれませんが、すぐにその感情は消えます。一時的な満足しか得られません。その一方で、知識や体験はどうでしょうか?自分の頭にインプットされ、自分の好きな時にアウトプットすることができるのです。知恵や経験が増えていけば、どんどんストック式に自分の引き出しが増えていきます。例えば、ストレス解消法を知っていれば、落ち込んだときなどにへこたれることなく、それを上手く解消するという選択ができるようになります。このように、知識があると自分の人生の視野が広がるので、行動パターンも増えて人生の楽しみ方も増えてくると思います。だから、私は自分の人生を充実させたければ、自分の知恵や経験を増やして、頭の中を開発していけばいいと思うのです。私自身、お金を物ではなく、知識や経験など目に見えないものに使うようにしてからものすごく満たされるようになりました。だから、星の王子様も言っていたように、「本当に大切なものは目に見えない」というのは、確かだな・・・と感じました。私は、知識や経験といった本当に大切なものを得ることが重要だと思います。

こういった主観的な文章は、面白さや書き手のキャラを出します。

これがファンを作り出すきっかけになったり、文章を読むモチベーションになるのです。

客観的な文章は、事実を論理的に並べていくだけなので、

疑われることはないですが、面白味はありませんし、

「Not read」の壁がなかなか超えられません。

以下が客観的な文章です。

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ハロウィン、あるいは、ハロウィーン(英: Halloween または Hallowe’en)とは、毎年10月31日に行われる、古代ケルト人が起源と考えられている祭のこと。もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であったが、現代では特にアメリカ合衆国で民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっている。カボチャの中身をくりぬいて「ジャック・オー・ランタン」を作って飾ったり、子どもたちが魔女やお化けに仮装して近くの家々を訪れてお菓子をもらったりする風習などがある。
キリスト教の祭ではない。ハロウィンに対してはキリスト教からは容認から批判まで様々な見解がある

ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は夏の終わりを意味し、冬の始まりでもあり、死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていたが、時期を同じくして出てくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた。これに因み、31日の夜、カボチャ(アメリカ大陸の発見以前はカブが用いられた。スコットランドではカブの一種ルタバガを用いる。)をくりぬいた中に蝋燭を立てて「ジャック・オー・ランタン(Jack-o’-lantern)」を作り、魔女やお化けに仮装した子供たちが近くの家を1軒ずつ訪ねては「トリック・オア・トリート(Trick or treat. 「お菓子をくれないと悪戯するよ」または「いたずらか、お菓子か」)」と唱える。家庭では、カボチャの菓子を作り、子供たちはもらったお菓子を持ち寄り、ハロウィン・パーティを開いたりする。お菓子がもらえなかった場合は報復の悪戯をしてもよい。
カトリック教会の諸聖人の日がハロウィンに重なる形で設定されており、これを「カトリック教会が(キリスト教からみて)異教の祭を取り込んだ」とする見解と、「カトリック教会が(キリスト教からみて)異教の祭を潰すために設定した」とする見解とがあるが、いずれにしてもハロウィンは元々キリスト教の祭では無かったことが両見解の前提となっている。

こちらより

こういった文章は、疑ったり、信じられないと感じることはないですが、

読む気がしないですし、つまらないですね。ただ、事実を並べただけですね。

書き手のキャラが見えないのも客観的な文章の特徴です。

まあ、客観的な文章にしすぎるのも良くないということです。

大切なのは、主観的な文章を使い、読み手を楽しませながら、

客観的な要素を使いつつ、信用してもらう文章を書くということです。

割合としては、主観:客観=6:4

ぐらいでいいと思います。

やや主観を多くして、残りを客観的な要素で肉付けしていく。

これが、読まれて信用され、相手を行動させるコピーを生み出します。

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