経済成長は人々を幸せにしない。(セルジュ・ラトゥーシュ氏の脱成長経済について)

経済の成長は人を幸せにしない 経済哲学者・ラトゥーシュ氏に聞く
「脱成長」を掲げて経済発展や開発のあり方を問い続ける仏の経済哲学者セルジュ・ラトゥーシュ氏(70)が、日仏会館の招きで来日した。初の邦訳書『経済成長なき社会発展は可能か?』(作品社)が今月刊行されたラトゥーシュ氏に、あるべき経済政策などについて聞いた。
■地域社会の自立こそ必要
同書は欧州を中心に広く読まれており、日本での出版は13カ国目になる。「脱成長(デクロワサンス)」は、「だんだん弱く」を意味する音楽用語「デクレッシェンド」と同じ語源をもつ。経済の規模を徐々に縮小させ、本当に必要な消費にとどめることが真の豊かさにつながると氏は説く。
「私が成長に反対するのは、いくら経済が成長しても人々を幸せにしないからだ。成長のための成長が目的化され、無駄な消費が強いられている。そのような成長は、それが続く限り、汚染やストレスを増やすだけだ」
資源や環境の問題が深刻化する中で、「持続可能な成長」という考え方が国際的に広く受け入れられるようになった。だがラトゥーシュ氏は、「持続可能な成長」は語義矛盾だと指摘する。「地球が有限である以上、無限に成長を持続させることは生態学的に不可能だからだ」
世界経済が長期不況にあえぎ、日本でも貧困問題が深刻化しはじめた。経済成長こそが貧困を解決するという経済学の「常識」が力を得ていく中、「脱成長」は旗色が良くないようにも見える。
この点に関してはラトゥーシュ氏も、今の社会システムのままでマイナス成長に転じても事態はかえって悪化するだけだ、と認める。
「より本質的な解決策は、グローバル経済から離脱して地域社会の自立を導くことだ。『脱成長』は、成長への信仰にとらわれている社会を根本的に変えていくための、一つのスローガンだ」
物質的な豊かさを達成した「北」の国々だけでなく、「南」の貧しい国も成長を拒否すべきなのだろうか。
「北の国々による従来の開発は、南の国々に低発展の状態を強いたうえ、地域の文化や生態系を破壊してきた。そのような進め方による成長ではなく、南の人々自身がオリジナルの道を作っていけるようにしなければならない」
就任間もない菅直人首相は、経済成長と財政再建は両立できると訴えている。だがラトゥーシュ氏は、「欧州の政治家も同じようなことを言っているが、誰も成功していない」と批判する。
引用先:http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201007130317.html
竹中平蔵のようなインチキ経済学者ではなく、セルジュ・ラトゥーシュ氏のようなまともな学者がもっと増えてほしいと心の底から思います。
実は、私も大学生の時から、「経済成長は人々を幸せにしない。」と思っていました。
その理由は、日本の自殺率。
先進国で世界第三位の経済大国であるにも関わらず、世界的に見ても自殺者が多いこの国の異常さを子供ながらに感じ取っていました。
仮に、「経済成長」が人を幸せにするとしたら、経済大国の日本がここまで自殺率が高い説明がつかないからです。
また、自殺の原因ですが、
学生と大人で自殺の原因は異なり、学生の自殺の引き金となるのは、
1位 いじめ
2位 ネットいじめ
3位 ヒキコモリ(他者からの孤立)
4位 経済的な問題
5位 受験での失敗
6位 就活の失敗という結果。
大人の自殺の引き金になるのは、
1位 病気などの健康問題(精神疾患が最多)
2位 貧困や事業不振、倒産、リストラなどによる経済状況の悪化
3位 家庭問題
4位 職場の人間関係
という結果がでているよ。
引用先:http://english.cheerup.jp/article/5223
とのこと。
経済的な問題で自殺する人もいますが、それよりも精神的に追い込まれて自殺する人の方が多い傾向にあります。
この日本は、経済的には発展していても、精神的にストレスを受けやすい環境です。
例えば、新卒採用。
新卒を逃した人は、「既卒」と呼ばれ、年齢的には「新卒」とさほど変わらないにも拘わらず、新卒至上主義を掲げるこの日本では、就職活動が不利になってしまいます。
そのためレールから外れた人間は、採用しないという企業の理屈のせいで、大学生たちは、在学中に仕事を決めることを強いられます。
多くの大学生は「既卒」になることを恐れ、見えない圧力に苦しめられているのです。
そして、就職できたとしても、安い賃金でこき使われることになったり、正社員になれなかったり、
ブラック企業で長時間労働に苦しめられる若者も大勢います。
また就職先で老害上司にパワハラにあったり、人間関係で悩んだりして、「鬱」になってしまう人もいます。
また、会社を辞めたいと思っていても、短期離職が転職で不利になることを恐れて、我慢してしまう人もいます。
いくら経済的に発展していたとしても、
・新卒至上主義
・ブラック企業
・安い賃金
・パワハラ、職場の人間関係
・雇用が流動化していない
・正社員至上主義
このように、日本は何かとストレスを感じやすい社会であり、人を自殺に追い込むには、十分な環境は整っていると言えます。
また、お隣の韓国もGDPは、世界11位で「経済大国」と言えますが、その自殺率は、見ての通り日本をはるかに上回っています。やはり、この原因も韓国の社会的背景にあります。
詳しくは、こちらのサイトをご覧ください。
やはり、経済発展しても人を幸せにしないということでしょう。
成長のための成長が目的化される
「私が成長に反対するのは、いくら経済が成長しても人々を幸せにしないからだ。成長のための成長が目的化され、無駄な消費が強いられている。そのような成長は、それが続く限り、汚染やストレスを増やすだけだ」
セルジュ・ラトゥーシュ氏がこのように主張していますが、私も今の日本を見ていると強くそう思います。
日本は豊かな国ですので、衣食住の機能を果たす生活必需品は満たされています。そして日本や他の先進国では、人がお金を使うのは、生活必需品ではなく、「娯楽品」が多いです。
生活必需品が揃えば、あとは自分の人生をもっと良くしてくれるものが欲しくなるので、必然的に「娯楽品」を求めるようになります。
そのため、日本の会社の多くは、「生活必需品」ではなく、「娯楽品」を販売して利益を出しています。
企業も利益を上げなければ、存続できませんから、「商品」を販売することに全力を出します。
当然、企業側は「この商品、サービスを買えば、幸せになれる!」と洗脳します。
その結果、人々は「お金をたくさん稼いで、消費をすることで幸せになれる。」と思うようになります。
すると、どうなるのかと言いますと、「金銭的動機」により会社を立ち上げ、商品やサービスを販売する人が出現してきます。
元々、会社というのは、社会の役に立つプロダクトを輩出し、世の中を豊かにするために存在していたはずですが、それを忘れ、「金儲け」が目的になっている企業が出てくることになります。
そのような社会に価値を与えるのではなく、「金儲け」を目的に設立された会社は、社会に価値を与えるという視点が抜け、自分たちが稼げればいいという発想なので、そこのお客さんは不幸になります。
なぜなら、その会社が儲けるための商品やサービスを広告宣伝によって、無理矢理買わされるからです。
例えば、
・購入した瞬間に価値が下がる投資用不動産を販売している会社
・投機家
・インターネット上で詐欺商材を販売している会社
・効果のない健康食品を販売している会社
・証券会社
・銀行
・投資銀行
・ギャンブル
などがその筆頭でしょう。
大学生の就職人気ランキングなどを見ると、数々の金融会社が上位に出てきます。
そのたびに私は、
「金のために魂を売りたい奴がこんなにも多いのか」
と驚かされます。
銀行など、そのビジネスモデルを知れば知るほど、「詐欺」っぷりにうんざりしてくるのですが、もっとも大学生は銀行のビジネスモデルなど良く理解せずに、単に給料が高いから志望しているというだけだと思いますが。
上記のような会社は、「社会貢献」よりも「金儲け」を重視しています。
特に、金が金を生む金融の虚業っぷりは酷いもので、
経済成長の3要素
1)労働力
2)生産設備
3)技術
を無視して、経済成長率を上回る資本収益率で金を増やし続けています。そして、売上が上がっただの、GDPが上がっただので、見せかけの数字だけが生まれます。
このようなわけのわからない状態が、インフレを起こし、格差を生み出しています。
元々は、「競争市場の中で、どんどん良い商品を生まれるスパイラルを生み出して、社会全体が豊かになっていこう!」というのが資本主義の目的だったはずですが、今や金で金を生み出すことが目的化してしまっています。
もはや資本主義も来るところまで来てしまっていますね。
資源には限りがあるのに、お金だけ増やし続けてもどうしようもないでしょう。
追伸
こちらの記事がとても参考になりました。
セルジュ・ラトゥーシュ氏が言っている事がなんとなくしか理解できなかったのですが、この記事を読むと完全に理解できるようになりました。
>>[いずれ破綻]人々に幸福をもたらすとは言えない経済成長って何?そもそも必要?
セルジュ・ラトゥーシュ氏は、
「銀行をなくせ!利子で儲けるのを辞めろ」
と言いたいのでしょうが、ものすごいまともな事を言ってます。
利子があれば、経済成長しなくてもやっていけます。
経済成長なんかしても、一部の人たちが儲かるだけで、庶民は苦しくなるだけですね。
金儲けのための金融システムが出来上がる
↓
銀行家は利子をつけて、企業や国に貸し付ける。
↓
企業や国は利子を返すために、経済成長しなければならない
↓
生産活動をして、利益を出す。
↓
しかし、地球の資源は限られているので、生産できる量に限界がある
↓
いずれ、利子が返せなくなり破綻する
↓
銀行家は、担保回収という名目で企業や国をのっとる。
↓
失業する人が出てくる一方で、銀行家は資産を増やし続ける。(格差拡大し続ける)
つまり現在の金融システムは、どう転んでも銀行家が、最終的には得するようにできています。貨幣経済社会においては、銀行はキングです。
この資本主義社会は、誰もが幸福になれるユートピアではなく、むしろ決められた一部の人が最終的に勝つように仕組まれているのです。
セルジュ・ラトゥーシュ氏の言う通り、人々が幸せになるためには、経済成長など辞める必要がありますが、どうやらそのためには、利子をとること自体を中止する必要があります。
なんともスケールのデカい話になってきました。
今日、私は聖書で利子が禁止されている理由がようやくわかりましたよ。
追伸2
私、「会社なんて辞めて、インターネットで自分の好きな事をマネタイズして生きよう!」ってメッセージをブログやメルマガで伝えています。
もし、日本人がみんな「会社員なんてやってらんないぜ」と思うようになったら、国や会社なんて一瞬で滅びますよね。大多数の人間が都合よく洗脳されているから、この世界は、成り立っているわけです。
でも、逆にみんなが「働いたら負け」とか言いだしたら、それはそれで面白くなると私は思います。
「あまりにもこの世界が、理不尽でインチキなシステムで成り立っているのだから、一度崩壊させた方が世界は良い方向へ行くのではないか。」
ふとそんな事を考えてしまいます。